第1章 ヒートアイランド現象に象徴される都市大気 …(資料)oke,t.r;the...
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第1章 ヒートアイランド現象に象徴される都市大気環境問題
1-1 総論
気候は一般に気温、湿度、雨量、気圧、風力、雲量、日照などの気候要素によって
表現され、これらの要素が変化することによって、様々な気象の様相を出現させる。
建物が無い地域では気候は自然条件にのみ左右されることになるが、都市域において
は気候も都市活動の影響を受け、都市特有の気候である「都市気候」を形成する。
この都市気候においては、人工物の増加、それに伴う自然物の減少、また、冷暖房
等に伴う人工排熱の増加により、地表面の熱収支バランスが大きく変化している。そ
のために、「ヒートアイランド(熱の島)」と呼ばれる都市域特有の高温化現象が発
生している。
このヒートアイランド現象に象徴される熱収支変化は、「体感温度」変化など、夏
場の都市生活を不快にするとともに、図1-1のように業務建物の多い都心部では、
夏季の空調利用が増加し、この消費エネルギーの増大により、更に人工排熱を増加さ
せるという悪循環を引き起こしている。また冬季においては、都市域が大気の収束場、
よどみ域となり大気汚染が進むという問題の要因にもなっている。このほか、都市の
乾燥化による、埃、粉じんが舞うなどの不快さにもつながり、都市の快適性の面から
も対応が必要となっている。
このように都市の熱収支の改変が、都市大気環境における様々な問題の要因となっ
ている。
業務建物は夏場に冷房負荷が大きい 業務建物は都市部に集中
都市部の冷房負荷の増大
空調排熱の増大
都市の気温の上昇
空調効率の低下 空調負荷の増大
消費エネルギーのさらなる増大
図1-1 夏季の空調エネルギー消費の影響
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1-2 都市に溜まる熱
(1) 都市の気温と熱収支
一般に都市の気温は、地表面のエネルギー収支により決定される。エネルギーの
移動には、放射によるものと、熱伝導・熱輸送によるものがある。放射としては、
日射及びその反射、大気や地面からの赤外放射があり、対流などで輸送される熱に
は、地表面から大気に直接熱が輸送される顕熱輸送、水分蒸発による潜熱輸送があ
る。気温の上昇に影響するのは顕熱輸送であり、潜熱輸送は水分の蒸発によるもの
で温度の変化には影響しない。また、人間活動の結果として発生する人工排熱や人
体からの放熱も気温を左右する要素である。
(資料)浅枝,ヒートアイランド対策としての保水性材料,雨水技術資料,Vol.35,1999をベースに作成
図1-2 地表面の熱収支
(2) 都市化による熱収支への影響
都市が形成され、人間活動が集中すると、都市化に伴う地表面の熱収支の変化が
起こり、気温等の気候要素が変化する。熱収支を変化させる要因は、大きく区分す
ると「人工排熱の増加」と「地表面の人工物化」であり、それぞれが地表面の熱収
支成分に及ぼす影響をまとめると図1-3のようになる。
都市化により人工物が建設され、自然物が減少すると、それに伴い地表面の形状
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や構成物質が変化する。気温上昇に影響がある地表面の変化は具体的には以下のよ
うにまとめることができる。
都市化による地表面の変化
・緑地、水面等の減少による水蒸気蒸発量の減少 → 潜熱の減少 → 地表面の高温化
→ 大気への顕熱、放射の増加
・建物による比熱の変化 → 建物による熱の吸収量の増加 → 大気への放射の増加
・地表面の凹凸の増加 → 反射率の低下、放射冷却の減少 → 地面の高温化
・自然物の建物・舗装材料への代替 → 反射率の低下 → 建物による熱の吸収量の増加
→ 大気への放射の増加
図1-3 都市化に伴う地表面の熱収支の変化
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(3) 都市の人工排熱の概要
都市活動でエネルギーを消費することにより、大量の人工排熱が発生している。
しかも、近年の国内のエネルギー消費量は、産業部門に比べ民生部門及び運輸部門
での伸びが顕著である。
①民生部門
民生部門での主な排熱源には、空調システム、照明機器、家電・OA機器など
が挙げられる。
②産業部門
製造業等の産業部門における排熱の多くは、煙突からの排煙や、冷却水として
終的に大気や河川水・海水に放出されるものと予想されるが、工場における生
産過程は多岐多様であり、詳細を把握するためには、排熱放出状況実態の調査等
が必要である。
③運輸部門
運輸部門の主な排熱源には、自動車(エンジン排熱、排ガス、エアコンなど)、
鉄道、船舶、航空機が挙げられる。
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図1-4 各部門のエネルギー消費構成
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東京23区における人工排熱分布の推計調査事例
1989年1年間に東京23区で消費された業種別用途別の床面積あたりのエネルギ
ー消費量を求め、この値を季節、時刻に分割し、土地利用データから求められた
250mグリッド毎の床面積データで積み上げることにより、人工排熱の空間分布
を推計した事例である。図1-5に消費カテゴリー別のエネルギー消費原単位を
図1-6に人工排熱分布(冬季14時)の例を示す。
工業:2.179GJ/m2年 自動車交通:1.393GJ/m2年 鉄道:0.918GJ/m2年
出典 一ノ瀬他:細密地理情報にもとづく都市人工排熱の時空間分布の構造解析, 環境工学研究論文集, Vol.31, 263-273(1994)
図1-5 東京23区の消費カテゴリー別のエネルギー消費原単位
出典 一ノ瀬他:細密地理情報にもとづく都市人工排熱の時空間分布の構造解析, 環境工学研究論文集, Vol.31, 263-273(1994)
図1-6 東京23区の人工排熱分布(冬季14時)
0.00.51.01.52.02.53.03.54.0
事務所
教育文化
厚生医療
専用商業
住商併用
宿泊
スポーツ・興業
専用独立住宅
集合住宅
GJ/m2・
year
動力他
厨房
給湯
暖房
冷房
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1-3 熱の島「ヒートアイランド現象」
(1) ヒートアイランド現象とは
前節で述べたように、都市化による人工物の増加、人工排熱の増加などにより、
地表面の熱収支が崩れ、都市には熱が溜まるという現象が起きる。このような熱収
支の変化により、都心域の気温が郊外に比べて高くなる現象を「ヒートアイランド
現象」と呼んでいる。都市の気温が郊外に比べ高いことは19世紀から知られており、
世界中の多くの都市でヒートアイランド現象が確認されている。
国内においても、様々な中核都市で、定点観測や自動車での移動観測を用いた現
象の観測が行われている。
この現象は、都市及びその周辺の地上気温分布において、等温線が都心部を中心
として島状に市街地を取り巻いている状態により、把握することができる。
図1-7は、東京の1980年~1989年における11月の夜間晴天日(22時)の平均気温
を示した例である。また、表1-1には国内における観測事例の一覧を示す。
気温に代表されるように、都市部においては他の気候要素においても特有の値を
示す。図1-8に都市大気の模式図を示す。無風時には、都市中心部の上昇流によ
り、ドーム状の循環流が形成されると言われている。一般風(ここでは、都市より
も大きな空間スケールでの風を示す。)があるときは、都市大気は下流に流され、
都市大気内部は複雑な流れを呈する。
出典 山添,一ノ瀬:東京及びその周辺地域における秋季夜間の晴天時と曇天時のヒートアイランド, 地理学評論, 67A(8),
P551-560(1994)
図1-7 東京における地上気温分布(夜間晴天時22時の例)
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(資料)Oke,T.R;The energetic basis of the urban heat island, Quarterly Jour. ofRoyal Meteor. Soc.,108, 1-24, 1982をベースに作成
図1-8 都市大気の模式図
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(2) ヒートアイランド現象を表す指標
前節で示したようにヒートアイランド現象は様々な都市で確認されている。ヒー
トアイランド現象の発生程度の把握や、各都市間での比較のためにもヒートアイラ
ンド現象の程度を示す指標が必要である。
現在、ヒートアイランド現象の進行状況を示す指標として「ヒートアイランド強
度」が多くの研究者によって用いられており、これは、高温域である都市の中心部
と、低温域である郊外との温度差を示したものである。本来、ヒートアイランド現
象の進行状況、つまり都市化の影響を定量化する場合には、都市が存在しない自然
の場合と都市が存在する場合との比較を行うことが望ましいが、それは困難である
ために都心部と郊外の気温差で代用したものである。図1-9は郊外から都市域に
おける気温の模式図である。郊外と都市域の気温差(Tu-Tr)がヒートアイランド強
度を示している。
また、人口とヒートアイランド強度の相関が非常に高いということや、「ヒート
アイランド半径」と都市化の相関関係が非常に高いという研究事例の報告がある。
ヒートアイランド半径とは、ヒートアイランド強度がある値以上の地域の面積を求
め、円形と仮定し、その半径を求めたものである。
都心部と郊外の気温差を用いたヒートアイランド強度を用いる場合には、都心と
郊外の定義が明確になっていないため、同一地域であっても、都心と郊外の設定の
違いによりヒートアイランド強度が大きく異なる場合がある。そのため、他地域と
の比較が一概にできにくいという問題が指摘されている。
図1-9 都市の断面と気温分布
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(3) ヒートアイランド現象のもたらす影響
①気温の上昇がエネルギー消費に及ぼす影響
ヒートアイランド現象の大きな問題点として、夏季の気温の上昇による消費エ
ネルギーの増大が挙げられる。図1-10は、ヒートアイランド現象により、夏
場の冷房用エネルギー消費が増大する悪循環の関係を示したものである。
図1-10 夏場の冷房エネルギーの増大
②大気汚染への影響
都市域においては11月から12月にかけてNO2(二酸化窒素)の高濃度な状況が出
現する。冬季の風の弱い晴れた日には夜間から早朝にかけて空気が滞留しやすい
気象条件となり、自動車などからの大気汚染物質が地表付近に閉じこめられるた
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めに起こるものである。
一般には大気中の気温は上空に行くほど低温であるが、ヒートアイランド現象
の特徴として、上空ほど気温が高くなる逆転層が郊外には発達しやすいことが知
られている。地表面から熱が供給される都市域では空気の混じりやすい混合層が
発達するが、逆転層では空気は混合しにくいため、図1-11に示すように都市
部の大気は蓋をされたような状態になり、これが大気汚染の一因といわれている。
図1-11 大都市の内外における大気の模式図
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1-4 都市の湿度
近年、都市部の相対湿度が減少傾向にあることがいわれている。東京の水蒸気圧と
相対湿度の変化を図1-12に示す。相対湿度は1950年ごろまで気温の緩やかな上昇
に伴って低下し、1950年以降は気温の急激な上昇によって急激に低下しだした。水蒸
気圧は相対湿度より10年遅れて低下している。これらの変化は都市の発展に強く関係
しているといわれており、大都市ほど低下の割合が大きいともいわれている。
これらの乾燥化の原因として以下のものが知られている。
・不透水面積の増加による雨水の流出
・樹木、緑地の減少による水分蒸発量の減少
しかし一方で、都市域では燃焼プロセスによって水蒸気が大気中に放出されており、
冷却塔、火力発電所、車から大量の水蒸気が放出されている。都市化にはこのように
乾燥化と多湿化という二面性がある。
出典:「都市環境学辞典」(朝倉書店,1998)P404
図1-12 東京における水蒸気圧と相対湿度の経年変化
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図1-13 都市の乾燥化の原因
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1-5 ビルの照り返し
人体と環境の間の熱の授受が、体感気候を決定する。図1-14に屋外における人
体の熱授受の概要を示す。体感に及ぼす環境の要因は、気温、湿度、風速、放射であ
り、2000mを超えるような海抜の高い所では気圧の要素が加味される。人間側の状態
としては、着衣量と人間の代謝量が要因となる。これら体感気候の要因のうち、放射
については直達日射、反射日射、地表面・人工物からの長波放射、大気放射を考える
必要がある。(放射については3-5で詳しく解説する。)
人体の熱授受による体感気温は、気温が高いほど、また上記の放射が大きいほど高
くなる。一般に都市の高温化や風速の減少は、体感気温の上昇をもたらしている。
図1-15に、都市化による人体の熱授受の変化を示す。
また、人工建造物による反射放射も問題となる。特に、建物が密集しているような
場合には、街路の両側に高い建物が並ぶ都市キャニオンが形成され、キャニオン内で
多重の反射が起こる。
これらの都市化による熱授受の要素の変化は、人体の受ける熱を大きくし、実際の
気温以上の温度を感じる原因となる。特に夏季には都市生活の快適性を損なうものに
なる。
図1-14 屋外における人体の熱授受
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図1-15 都市化による人体の熱授受の変化
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1-6 都市に吹く風
都市部の建築物の大きな表面積と郊外に比べ著しく大きい凹凸は、その摩擦によっ
て、都市の中心部の風速を弱める作用を及ぼす。ランズバーグ(Landsberg,H.E.:Meteorolog
ical observations in an urban areas. Meteorological Monographs,11,91-99(1970))によると、年間30
%も風速が弱まるとされており、特に、都市の内外で空気の交換が少なくなることで、
有害物質の移動を妨げる無風状態の頻度は20%近く増加することから、大気汚染を促進
する原因ともなっている。図1-16は都市部の地表面の風の垂直断面を示している。
しかし一方、建物周辺では、局所的にビル風などと言われる強風が発生することが
知られており、複雑な気流を形成する。
図1-16 都市内の風の垂直断面図
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1-7 他の都市気候要素の都市化による変化
気温や湿度以外に、都市化により変化すると考えられる気候要素としては、
表1-2のようなものがある。
表1-2 都市化により変化すると考えられる気候要素
日射量 総量紫外線量日照時間
照 度
雲 量
霧日数
降水量 総量降水日数降雪量雷雨
気 温 年平均低気温
暖房デグリーデー
相対湿度
風 速 年平均瞬間 大風速静穏度数
①雲量
都市域では雲量が増加する傾向にある。これは、凝結核となる大気汚染物質が多
いこと、ヒートアイランドによる上昇気流により、対流性の雲が発生することが原
因として考えられている。例えば、東京都環状八号線付近にみられる「環八雲」と
言われる雲の発生にもヒートアイランドが関与していると言われている。
②降水量
都市域およびその風下域では、都市の気温上昇により熱的対流が強くなり、また、
凝結核が増加するため、雷雨などの大雨が増え、降水量が増加すると言われている。
一方、逆に凝結核の増加により霧粒が増加し、雨滴の大きさに成長しないため、微
雨は増えても降水量は減少するという説もある。月間降水量や年間降水量における
都市の影響は明らかとは言えないが、微雨の日数を統計的に調べた結果(吉野:都市気
候に関する 近の展望 気象研究ノート,33 1-78(1997))では、秋田・仙台・東京・名古屋などの海
岸に立地する都市で都市域の方が20~30日多いことが明らかにされている。
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③日射量
ばい煙などで都市の空気が汚染されているため、雲や霧が発生し、日射量は減少
する傾向にあるといわれている。
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